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東北大震災、大変なことになっています。
被害の大きさに、言葉がありません。
茨城県に住み、東京へ電車で2時間かけて通勤している友人がいるのですが、地震の直後は電話が通じず心配しました。
テレビで帰宅難民のニュースを見て、どうしているかと思っていましたが、3日後にやっと電話が通じて無事を確認しました。
彼女は自転車を買って9時間かけて自宅へ戻ったそうです。
おかあさんと二人暮らしなのですが、家の中は地震でめちゃくちゃだったけれど命は助かったからよかったよと報告をしてくれました。
まだまだ余震が続いています。無事を祈るばかりです。
今回の地震では津波が起こり、大事なマイホームを流されてしまった人がたくさんいました。
ひとたび大きな地震が起こると、地震に強い家造りを求める声が大きくなりますが、今回のように津波が起こってしまうと何もかもを飲み込んで流してしまうのですね。
何度見ても怖い映像です。
津波で命を落とした人も数知れずいらっしゃいますが、助かった人の中でも流されていく我が家をどんな気持ちで見ていたのかと思うと胸が詰まります。
遠く離れた地でニュースだけを聞いているとまるで外国で起こったことのような気がしますが、本当に被災された方が一日でも早く心の元気を取り戻して少しでも平穏な日々を取り戻すことが出来るように願っています。
これから建材など多くの物資が必要になってくるでしょう。
建材のアウトレット品なども需要が多くなっているようで売り切れも目立ちます。
私に出来ることはなにがあるのかを考えてもわからないのですが、もう少し落ち着いたら本当に必要なものが見えてくると思うので少しでも役に立てるように考えていきたいと思っています。
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日記
仕事が決まりそうな雰囲気です。
同じような仕事なんですが、運送会社の普通の事務員になれそうです。
失業保険も底をつき、母からお金を借り、子供に返ってお小遣いをもらい、何とか日々をすごしています。
先輩社員のHさんは私より3歳年上で結婚もしていて子供さんもいます
。そして今、お家を建築中です。熊本で住宅を建てているんだそうです。
なぜ熊本なのかというとだんなさんの実家は熊本で会社経営をしているので家を建ててくれる代わりに実家へもどれとの指令が出たのだそうです。
「仕方がないから家は私の好きにさせてもらった。熊本にある健康住宅の会社に頼んで本当に好きなように建てさせてもらった。そのくらいいいよね」
嫁という立場で知らない土地に行くのは不安もあると思うけれど、彼女の場合は健康住宅を手に入れるという交換条件でうまく心を落ち着けたようでした。
まだ、着工して間もないということだけれど、家が建ちあがったら引越しが待っています。
そうなったら私はこの会社でたった一人の事務員になります。
そう、元からHさんの穴を埋める補充人事だったのだから仕方のないことではありますが、一人で大丈夫なのか不安なところです。
今は一応試用期間中。でも採用してもらえるはず。層でなければ困るし。
勇気と自信をもってこの会社で働いていきたいと思っています。Hさんとは長い付き合いが出来るように一生懸命ついていきたいと思っています。がんばります。
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日記
新しい年を迎えてごろごろと寝正月を決め込もうと思っていたら友人がやってきました。
「ドライブに行こう」といいます。なにがうれしくて女二人で正月ドライブだよ、と思ったけれど、することもないので付き合いました。
いつもは私が運転で彼女は助手席に乗りたがるのですが、この日は彼女が運転手でした。
普段からあまり助手席には乗ることがないのでたまに乗ると景色が変わっていいものですね。
どこに行こうかといいながら本当は初売りの福袋が買いたかったのですが、人ごみは避けようという話になり、なんとなく、久留米に向かって車を走らせました。
今の時代はコンビニがあるのでトイレもおやつもご飯もなんとでもなります。便利な時代になったものです。
途中、人の少ない神社があってそこで初詣をしました。とても古い神社であまり参拝客もいないようでゆっくりとおまいりができました。
築300年くらいは経っていそうなたたずまい。古いというよりは趣があるとでもいうのでしょうか。初詣をこんな隠れ家的神社で出来るなんてちょっと感動でした。
古い木造建築ってどうしてこんなに美しいのでしょうか。しかも、今の建物みたいに新建材なんか使っていないから健康住宅仕様ですね。
健康住宅で集客をホームページでしているところもありますよね。
健康住宅をみつけて興奮している私をよそに、友人は鯉にえさをやっていました。
最近あまり見かけないような池に鯉。
しかも大きい。もしかしてこの鯉も100歳とか?
なんて馬鹿なことをいいながらえさ用にパンをわざわざ買い足して餌付けをしたからきっと今年はご利益があるはず、だと信じたい私です。
まぁご利益があってうまくいけば夏あたりに新潟で注文住宅を建てた友達の所に遊びに行きたいなぁと欲深く思ったのでした。
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健康,
美容
母を連れて、久しぶりに旅行に行きました。
とはいっても近場の温泉一泊です。
ちょっと前は札幌とか沖縄とか遠くによく行ってたんですけどね。
私は旅館の建物を見るのが好きで、いつも老舗と呼ばれる旅館の中でも安いところを選んで予約をします。
そして、旅館の建物を見学するのがとても楽しいひと時です。
新築の注文住宅を建てるのも楽しいだろうと思うけれど、古い建物の伝統的なつくりを見ているのも楽しいと思います。
別に、そっち系の仕事をしているわけではないので、趣味の範疇ですが。
近くを流れる川のせせらぎがこころを和ませてくれます。
母と二人でゆっくりするのも久しぶりのこと。
でも、お風呂で背中を流そうとした私に母が「くすぐったいからやめて~」とはしゃぎだし、
それもできず、でも、まあ、お互い自分のことは自分でして、ゆっくりと温泉で暖まりました。
ここには露天風呂があったのですが、外に出るのが寒くて、
暖まってからもなかなか行く気にならず、少々もったいない気もしましたが、ヒノキ風呂だけで楽しみました。
温泉って本当に美肌効果があるんだと思います。
母と二人、部屋に戻ってから、ポカポカするからだをすべすべして、気持ちいいなあ~って久しぶりに会話を楽しみました。
飲用の温泉はおなかに効いて翌朝すっきりしたので助かりました。
そして、すべすべのお肌で温泉の香りをさせながら、母と二人海鮮どんぶりを食べに行き、
おなか一杯になりながら、途中、ソフトクリームを食べ、たまの旅行を満喫したのでした。
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日記
いなくなった社長から突然電話がかかってきました。
「うわ!今、どこに居るんですか?」
「言えるわけないじゃん」
「そりゃそうだし、すいません、私も聞きたくないんで」
しばしの沈黙の後
「俺の家、どうなった?なんかいろいろ来ただろ?」
と聞かれたので
「知りません。私、近所に居ないんで」
と返事をしました。
そのまま電話を切ってしまおうかと思ったのですが、あちらから
「悪かったな、元気でいろよ」
と一言あって、電話が切れました。
しまった、もっと優しい言葉をかけてあげればよかったと思ってすぐに電話をかけなおそうとしましたが、よく考えてやめました。
なぜ今頃と思ったし、私も彼らが元気でいるかを確かめればよかったと思ったりもしましたが、やっぱりかけなおすのはやめました。
また必要あればかかってくると思ったし、このまま私がこの電話を持ち続けていればきっと、またかかってくると思うので・・・。
お世話になった人だし、嫌いになったわけではないし。
でも、どこかに許せない想いの私もいることは確かです。
彼が、私に電話をしてきたのは私の安否を気遣うとともに、自分の家がどうなったのかを確かめたかったというのもあると思います。
せっかく建てた自分の家です。気にならないはずはありません。
今思うと、事務所を自宅に移したときからせっかく新築した家にいろいろな事務機器を持ち込むのはいやだと思いますが、仕方がなかったのでしょう。
せっかく新築した家が他人の手に渡るのは嫌だったでしょう。
電話でもっとやさしくしてあげればよかったと、後悔しました・・・。
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日記
最近仕事も落ち着いてきて、だいぶ暮らしに余裕が出てきました。
母もあまり気を遣わなくなり、時々はけんかもするようになりました。
くそう、出て行ってやる。
とか思ったりもしますが、一晩寝ると、母がきちんと朝ごはんを用意してくれていて、感謝とともに反省をします。
家というものはどうしてこんなに人の心を和ませるのでしょうか。
離婚する前、家にいるのが苦痛でたまりませんでした。
早くどこかへ行ってしまいたいと思っていました。
離婚が成立して、私はそのままアパートに残り、だんなだけが出て行きました。
大分の中古マンションに住んでいるようです。
そして、私は、仕事を見つけ、失職し、引っ越して実家に戻った・・・。
ここ数年は激動の年だったと思います。
でも、こうして、実家のリビングでくつろいでいるとここにいていいんだと思うことができます。
母と、一緒に暮らすことがまたあるとは思っていませんでした。
今は母と私とふたりが家族の単位です。
二人で父との思い出が詰まった住宅に住み、姉家族が帰ってきたら、戻ってくることのできる家、これはとても暖かな場所だと思います。
父はきっと、そうやって、いつまでも家族が集える場所が欲しかったのでしょう。
そこに帰ることができる私たちは幸せだし、父が天国から見守ってくれていると思うと、父もこの家に住み続けているんでしょうね。
怖い意味じゃなくて。
私はこのままここに住み続けるのはどうかと思っているけれど、母も姉もそれを望んでくれるなら、ありがたいことだと受け入れたいと思います。
でも、今は、ね。
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日記
一年を通して気温が一定だという鍾乳洞。
夏は涼しく、冬は暖かいそうですが、外の気温と比べて寒いくらいでした。
とても美しい光景で、心の洗濯になったようです。
涼しさ(寒さ?)を満喫したあと、外に出るともう暑くていられないくらいでした。
車までの移動距離がとても長く感じました。せっかくなのでそのままドライブに行くことにして、高原方面へ行ってみました。
高原はやはり涼しくて、ススキがそよいでいました。
この辺はもう秋なんだなあと感じながら近くの立ち寄り温泉に入って帰りました。
大分の土地ならではのいいところですね。
でも、この時期の温泉はからだが温まりすぎてまた汗をかいてしまい、家に帰ってシャワーを浴びました。
ビールを飲んで一息ついていたところに母がやってきて姉から届いた手紙を渡されました。
「あんまりあせらないでいいんだよ。お母さんはあなたと暮らしたいと思ってるんだから。
私も、あなたがその家にいてくれたら安心。でも、あなたが再婚する時にその家を出てまたお母さんが一人になってしまうのもさみしいし、心配。できることならこのままそこにいて、再婚する時にもそこに住んで。・・・・」
プレッシャーを与えられてしまったと感じていました。
けれど父が残してくれたこの思い出の住宅を守っていくのはもう私しかいないんだろうとも思います。
姉は結婚して実家の近くに新築を建ててしまったし。このままここにいるということのメリットはどう考えても大きいんだと知らされました。
そして母に出て行けといわれるまでこの家にいたいと思いました。
出て行けなんていわれないように努力しますけどね。
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日記
なんとかかんとかして失業保険はもらえることになりました。
でも、3ヶ月。その間になんとしても再就職しなければ。
私は元々貧乏対応型の人間なので生活はそんなに心配していなかったのですが、やっぱりこのトシでフリーター、しかも出戻りは痛い。
地道にハローワークへ通い続けました。
その甲斐あってか地元の企業に就職が決定。しばらくは自宅から通うことにして仕事が始まりました。
「部屋を借りるのもいいけれど、このままここにいてもいいんだよ」と母からのありがたい言葉。
涙が出ましたが、姉もいるので私だけが特別扱いしてもらっては悪いと少し落ち着いたらまた部屋を探そうと思っています。
毎日毎日あっという間に過ぎていきます。
職場に慣れるまで毎日が緊張の連続です。
休みの日には昼間からビールを飲んで夕方まで寝ていることもしばしば。そんな私を母が心配してまた「ここにいればいいのに」と言ってくれました。
母にとって私はいくつになってもこどもなんですね。
親孝行しなければと思います。
ある日、母が窓をリフォームしたいと言い出しました。今は後付けタイプの断熱サッシがあるとかでそれを取り付けることになりました。
今ならばリフォームもエコポイントがあっていくらか還元されるそうです。
そこで私が少しだけ出すことにしました。
今まで住まわせてもらった感謝とこれからもうしばらく住まわせていただくお礼です。
思いのほか母が喜んでくれたので私も嬉しかったです。
母の愛に感謝しつつ、これからもできる限りのことをやっていきたいと思っています。
お母さん、ありがとう。
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日記
部屋を探すのはとりあえず後にしてまずは就職活動を始めました。
それにしても求人が少ないのでアルバイトでもしようかと友人がやっているスーパーでお惣菜を作る仕事を始めました。
朝が早くて少々辛かったのですがそのうちになれてきてなんともなくなりました。
でも今まで冷暖房完備の内勤だったので厨房の暑さは結構こたえます。
がんばっていますけどね。就職で狙うのはやはり事務仕事。
でも、それは人気が高いようでなかなか求人もありません。
でも、バイト先では重宝されて何とか生きてます。
そんな中、友達が結婚すると言ってきました。
それはおめでたい。
そのひとは結婚しないつもりでいた、と言って中古のマンションを買っていました。
けれど、結婚して暮らすには少々手狭なので借したいということで不動産屋に手配をしていたそうです。
それを聞いて思わず「家賃いくら?」と聞いてしまった私。
聞いたけれど、私が借りるには少々無理そうだったので今回は見送りました。
友人も私が借りてくれたら安心と言ってくれたのですが、値引き交渉は受け付けないとのことで成立しませんでした。
それに友達のマンションを借りたらのちのちトラブルの元かと思ったので。
でも、そのために不動産屋がいるんですよね。
トラブルを回避するのも不動産屋の仕事だと思うのですが。
まあ、今回は縁がなかったということであきらめました。
その後、その部屋はある企業が単身赴任者用に借り上げ社宅として法人契約をしてくれたそうでそちらは一件落着。
オーナーとして私を紹介してくれないかな、なんてちょっぴり期待しましたが無理でした・・・。
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日記
こんなに身近でこんな事がおこるとは思っていませんでした。
社長が夜逃げしてからしばらくたって、債権者の人たちが事務所へやってくるようになりました。
残された私と先輩はここが住宅地であるのをいいことに住民のふりをしてその様子を見ていました。
そしてある日、ついに債権者の一人が勝手口を開けることに成功しました。
でも、これ、犯罪ですよね。
けれど、その様子を二人で伺いながらその人たちが帰ったあとに私たちもこっそり侵入して私物を引き上げました。
中に入るといろいろなものがなくなっていました。
本当に社長はいなくなってしまったんだ、と悲しい気持ちになってしまいました。負債がどうとか、弁護士が何だとか、私たちにも関係があるんでしょうが、取り合うつもりはありません。
先輩と二人で引っ越そうと相談をして不動産屋へいきました。
私はワンルームでいいのでどこへでもいけるし、いざとなったら田舎に帰ってもいいのでとにかく安いところを探しました。
先輩は奥さんもこどもさんもいるのでそれなりのところでないと、と言って3LDKで探していたのですが、何にせよ無職の部屋探し、お金をかけることができません。
先輩に「実家へ帰ったらどうですか」といったけれど、「今帰ると親に迷惑をかけるだけだから」と言って考えていないようでした。
私も実家へ帰ることは考えていませんでしたが、いかんせん先立つものがないので、仕方なく一旦実家に戻ることにしました。
思い出の多いこの土地を離れることには抵抗がありましたが、今、ここに居続けるのはもっと苦しかったので・・・。